ローリング・ストーンズのニュー・アルバム『フォーリン・タングス』の制作舞台裏に迫る全6エピソードからなるポッドキャスト『スピーキング・イン・タングス』。ここでは全6エピソードのうちエピソード4から6を後編としてまとめました。
エピソード4:『Foreign Tongues』(2026年7月16日 配信)
アルバムタイトルが意味する「言葉を超えたつながり」
待望のニューアルバム『Foreign Tongues』がリリースされたことを受けて配信されたエピソード4では、タイトル曲をはじめとする主要な収録曲の具体的な誕生秘話が明かされます。ナビゲーターのノラ・ジョーンズは、このタイトルが「デビューから60年以上が経った今でも、言葉の壁を越えて世界中のファンとロックンロールという共通言語でつながり続ける彼らのスタンスを象徴している」と語っています。
ミックはこのタイトルに込めた意味について、ツアーで訪れる言葉の通じない異国の地でも、自分たちが音を鳴らせば一瞬でアリーナ全体が一つになれるという実体験を回想。さらに、スタジオの中でメンバーがお互いの楽器を通じて行う、人間同士の日常会話を超えた「音の対話」の不思議なダイナミズムそのものを表現したかったと、その深い意図を語りました。
名曲誕生の裏側と「ダートフォード駅」の記憶
キースのトークセッションでは、今回のアルバム制作の根底にある「自身のルーツ」への執念が熱く語られます。アルバムのインスピレーションを辿っていくと、かつてマディ・ウォーターズやチャック・ベリーの貴重な輸入レコードを腕に抱えたミックと、ロンドン近郊のダートフォード駅のホームで運命的な再会を果たした10代の頃の記憶に突き動かされていることに気づいたといいます。
キースは「あの頃に俺たちの心に火をつけた黒人音楽、泥臭いブルースへの忠誠心とリスペクトは、今も1ミリも変わっちゃいない」と断言。どれだけ世界的な巨大バンドになり、最新のスタジオ技術に囲まれようとも、ストーンズの音楽の核にあるものはあの駅のホームで始まった原始的な衝動そのものであると、静かに、しかし力強く語りました。
テープ泥棒対策としての偽名「ザ・コックローチズ」
ミックからは、今作の先行シングル「Rough And Twisted」が、かつてストーンズが使っていた幻の偽名「ザ・コックローチズ(ゴキブリども)」名義のホワイトレーベル(白ラベル盤)として突如世に放たれた、プロモーションの舞台裏が明かされました。
ミックいわく、この偽名はもともと70〜80年代のレコーディング最盛期に、未発表のマスターテープがスタジオから外部へ流出したり盗まれたりするのを防ぐため、テープの箱に嘘のバンド名として書き込んでいた防犯対策のアイデアだったとのこと。「倉庫に泥棒が入っても、ゴキブリって書かれた怪しい箱は誰も盗み出そうとはしないだろ?」と笑いながら、ストーンズ流のいたずら心に満ちた秘密主義の歴史をユーモラスに振り返っています。
困っている友人への人間らしい感情
今作に収録された味わい深いバラード群のソングライティングについて、ミックはより内省的でパーソナルな制作の背景を告白しました。歌詞に込められた生々しい感情の数々は、決して頭の中で作り上げたフィクションではなく、自分自身の長い人生の中で、親しい友人や大切な仲間が困難な嵐に直面し、苦しんでいる姿をすぐ側で見つめてきた「痛む心」そのものから自然と湧き出てきたものだといいます。
特に長年インスピレーションを受け続けてきたアメリカでの人間模様や泥臭い経験が、年齢を重ねた今のミックのフィルターを通すことで、単なる恋愛の浮き沈みを超えた、大人の人間愛や人生の哀愁を描いた深いストーリーとして楽曲に結実したと語っています。
エピソード5:『Undercover』(2026年7月23日 配信)
アルバムジャケットに隠された「美と醜のポートレート」
ポッドキャストの第5話『Undercover』は、ニューアルバム『Foreign Tongues』の顔であるアルバムジャケットの制作舞台裏に深く迫るエピソードです。案内役のノラ・ジョーンズは、60年以上のキャリアと25枚のスタジオアルバムを通じて、ストーンズがいかに自らのビジュアルアイデンティティを世間の想像力に焼き付けてきたかを紹介します。お馴染みのベロマークやメンバーのヘアスタイルといった世界的に認知されているアイコンを踏まえ、今作の刺激的で挑発的なアートワークの誕生秘話が明かされます。
今回のクリエイティブな頭脳として白羽の矢が立ったのは、現代アート界で評価の高い画家、ナタニエル・マリー・クイン(Nat Quinn)です。ミックは、当初はメンバー3人のシンプルなポートレートを依頼する予定だったと振り返ります。しかし、クインから提案されたのは、3人の顔を1つに融合させた衝撃的なアマルガム作品でした。額や上部はキース、中央部分はロニー、そして印象的な口元と顎はミックという、メンバー全員が1つの顔に収まった異色のアートワークです。ミックはこの強烈なビジュアルを親しみを込めて「ミスター・アグリー」や「ミッドナイト・ランブラー」と呼んでいます。
シカゴ南部でのルーツと『Some Girls』へのオマージュ
クインは、1977年にシカゴのサウスサイドという非常に過酷な環境の地域で育ちました。幼少期に黒人コミュニティの中で自分の兄弟たちがロックンロール、特にザ・ローリング・ストーンズの音楽に熱中しているのを「なんて奇妙なことなんだ」と感じながらも、自身も自然と彼らの音楽を聴いて育ち、今では大ファンになったというルーツを明かしています。彼の作品は人間のアイデンティティの幅を表現するために「美と醜の境界線」を描くことをテーマとしており、今回のストーンズとのコラボレーションはまさに宿命的なものでした。
今作のジャケットを制作するにあたり、クインは過去のストーンズの全ジャケットを研究しました。その中で唯一、彼の心に強く引っかかったのが1978年の名盤『Some Girls』のカラーパレットとデザインだったといいます。実は『Some Girls』のジャケットデザインは、かつてクインの地元であるシカゴ南部にあった、アフリカ系アメリカ人向けに化粧品を展開していた先駆的な企業(ニューマン夫妻のVROプロダクツ)のアートワークからインスピレーションを得て作られた歴史があります。クインはストーンズの過去の遺産に過度に影響されることを避けていましたが、自身のバックグラウンドであるシカゴの黒人文化とも固い結びつきを持つ『Some Girls』へのオマージュとして、今回の背景色や色彩のパレットを採用したという、ファン必見のディープなトリビアを語ってくれました。
「もっと唇を派手に!」ミックのこだわりと幻の James Bond 案
アートワークが完成するまでには、ミックとクインの間でクリエイティブな試行錯誤がありました。最初に「3人の顔を1つに融合したポートレート」をミックに見せた際、ミックは友人たちに意見を求めた上で「これはちょっとラフすぎるんじゃないか。別のアイデアも試してみよう」と難色を示したそうです。
そこでミックが提案したのが、「俺は速い車が好きだから、メンバー3人が高級スポーツカーから飛び出してくるようなデザインはどうだ?」というアイデアでした。クインはそのリクエストを受け、映画『ジェームズ・ボンド』のようなヴィンテージの黒いアストンマーティンから3人が現れ、画家のフランシス・ベーコン風の歪んだグレーのストリートを疾走する、映画のワンシーンのような別バージョンの絵を描き上げました。
しかし、その後に再びミックから電話があり、「やっぱり、俺の唇の色彩をもうちょっと強調して、目立たせることはできないかな?」と言われたそうです 。それに対してクインが我慢できなくなり思わず「ミック、ここは正直になりましょうよ。あなたはただ自分の唇が大好きで、世界中のみんなにそこを注目してほしいだけでしょ?」とストレートに突っ込むと、ミックは電話越しに大爆笑。
Mick : “Hey Nat, you know, could we maybe just pump up the color a bit on my lips? Just make them pop a little more?”
Nat : “Mick, let’s be real here. You just love your lips, and you want the whole world to look at them, don’t you?”
Mick : (電話越しに大爆笑!)
このやり取りを経て、最終的には「やっぱり綺麗にまとまった絵よりも、不恰好で、強烈なインパクトがあって、ストーンズの泥臭い歴史に一番フィットしている」という理由で、最初の「ミスター・アグリー」の融合デザインが満場一致で採用されることになりました。
アルバムアートの黄金時代をデジタルへ繋ぐ
ストーンズのメンバーは、スマートフォンのストリーミング画面で小さなサムネイルとして無視されがちな現代の音楽シーンにおいても、アートワークに対して「常に最大の努力」を注ぐべきだという強い信念を持っています。ミックはかつての『Sticky Fingers』のジッパーや、『Beggars Banquet』のインナースリーブに封入されていたポスターやポストカードといった、フィジカルな宝物の伝統を振り返ります。
現代でも熱心なファンがアナログ盤やCDを買い求めてくれる市場を大切にしており、商業的なお仕着せではない、衝撃的で記憶に残るビジュアルを提示し続けることがバンドの伝統であると語りました。
ゲストが目撃したストーンズの「錬金術」
今回のジャケットを創り上げたクインは、制作過程でミックやキースの持つ「人間性」に触れた瞬間を証言しています。スタジオでのセッション中、キースが休憩時間に泥臭い苦労話をしてくれたことに感動したと振り返ります。
また、ストーンズが大病を患う友人の誕生日パーティーで演奏する準備をしていたエピソードに触れ、「友情を大切にし、高い共感力を持ったアーティストたちだ」と熱弁しました。彼らにとって制作は酸素のように不可欠なものであり、その生き様こそが、強烈なアートワークの魔法を生み出していると、最大限のリスペクトを込めて締めくくりました。
エピソード6:『Immortality』(2026年7月30日 配信)
ポッドキャストの最終回(第6話)『Immortality(不滅)』では、レコーディング現場の生々しい人間模様と、ストーンズの未来へと繋がる重要な舞台裏が明かされました。
2階で寝ていたチャド・スミス
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスの参加に関しては、アンドリューの口から、そのユーモラスな舞台裏が語られています。ストーンズがレコーディングに使った Studio A 専用の2階ラウンジのソファーでずっと寝ていたというチャドですが、目を覚まして突如フロアに出現し、チャック・ベリーのカバー曲「Beautiful Delilah」のセッションへ加わりました。アンドリューとの信頼関係があるからこそ、スタジオに自然に滞在し、そのままストーンズのレコーディングの流れに溶け込んでいった現場の風通しの良さが伝わってきます。彼が叩いているのは通常のドラムセットではなく、コンサート・バスドラム(いわゆる大太鼓)。あの独特な低音のアクセントがどう響いているのか、改めて聴き直したくなるエピソードです。
ウィンウッドの猛烈な活躍と、三部作への伏線
そして、今作『Foreign Tongues』のサウンドの核となったスティーヴ・ウィンウッドからは、今後のストーンズの動向を占う上で極めて重要な証言が飛び出しました。当初は「1曲だけ弾いてほしい」とアンディに呼ばれたウィンウッドでしたが、彼の卓越した仕事の早さとセンスにメンバーが惚れ込み、「明日も来て」「来週も来て」と次々に引き止められたとのこと。本人は「アルバムには9曲でクレジットされているけれど、実際の記憶を辿ると、間違いなく9曲どころかもっと多くの楽曲で大量に鍵盤を叩きまくっていたはずだよ」と暴露しました。この証言は、アルバム収録曲以外にも多くの演奏が行われていた可能性を示唆していて、キースが番組のラストで放った「このまま次のアルバムを録っちまおうぜ!」という発言とも符合します。『Hackney Diamonds』のセッションから今作『Foreign Tongues』が生まれた経緯を考えると、今回も彼らの手元には膨大な未発表のストックが存在している可能性があります。ファンの間で期待されている「2020年代の三部作」という見方を、さらに想像させる興味深い証言でした。
手ぶらで訪れたスタジオ―ロバート・スミス、深夜3時のレコーディング
本エピソードのもう一つの主役である、キュアーのロバート・スミスについては、彼の夜型人間らしい屈折と狂気がさらりと紹介されています。
アンディから届いた「日曜日にミックとキース、そしてアンディを交えた4人でランチを食べよう」という夢の誘いに対し、夜型生活が染みついているロバートは「7歳からランチなんて食べてない。そんな時間に彼らとテーブルを囲むなんて、あまりにも現実味がなさ過ぎて無理」と断ってしまいます。しかし断った直後、キースがレコーディングを終えて一足先にコネチカットの自宅へ帰国したことを知り、「一生のチャンスを棒に振った……」と頭を抱えて激しく後悔することになります。
その後、改めて金曜の夜に「手ぶら」でスタジオを訪れたロバート。ミックの歌入れを見学した後、ミックが帰宅し、スタジオにはプロデューサーのアンディやエンジニアたちだけが残された深夜3時、彼のスイッチが完全に入りました。「よしアンディ、ギターを繋いでくれ」。そこから、酒も入った深夜のスタジオでロバートのレコーディングが始まります。
ロバートはインスピレーションのままに3つの楽曲に重厚なシンセやコーラスを吹き込んでいましたが、ナビゲーターのノラ・ジョーンズいわく「そのうちの1曲は、あまりにもロバートの世界観が出すぎて、ストーンズの曲というより完全にキュアーのレコードのようになってしまった」とのこと。アルバムのアイデンティティを守るため、その幻の3曲目はあえて削られ、現在もアーカイブ(ヴォールト)に眠ったままとなっています。最終的に2曲(「Never Wanna Lose You」と「Divine Intervention」)だけが今作に生き残り、ロバートは「これで俺も不滅だね」と冗談めかして喜び、最高のドラマで番組は締めくくられました。
日本語全訳

