ローリング・ストーンズのニューアルバム『Foreign Tongues』のクレジットを見て驚いたのは、「Never Wanna Lose You」と「Covered In You」の2曲にマット・クリフォードの名前があったことです。
作詞・作曲のクレジットが(Mick Jagger, Keith Richards, Matt Clifford)となっています。ストーンズのオリジナル曲において、公式にソングライターとして「Jagger/Richards」の牙城に食い込み、彼の名前が載ったのは今回が初めてのケースとなります。
これまでの彼とバンドの37年に及ぶ関わりを改めて振り返ってみたいと思います。
『Steel Wheels』でのデビューと編曲への貢献
マット・クリフォードがストーンズのレコーディングに初めて参加したのは、1989年の『Steel Wheels』でした。この時点で作詞・作曲のクレジットはなかったものの、「Continental Drift」において、ミック・ジャガーと並んで編曲(Arranged By)として正式にクレジットされています。キーボード演奏だけでなく、ストリングス・オーケストレーションやプログラミングなど、当時のサウンド構築に深く関わっていました。
また、同作に伴う「Steel Wheels / Urban Jungle Tour(1989年〜1990年)」からすでに、彼はライブで重要な役割を果たしていました。
ライブでは「You Can’t Always Get What You Want」のイントロを彩るフレンチホルンを担当していました。さらに彼は「2000 Light Years From Home」や「Ruby Tuesday」の再現においても、最新のシンセサイザーやサンプラーを駆使してオリジナル音源のメロトロンを思わせるサウンドやクラシカルなリコーダーの響きをデジタルで見事に再現し、バンドのライブサウンドにシンフォニックな厚みをもたらしました。クラシックの素養を併せ持つマルチプレイヤーとしての才能は、初参加の時点から遺憾なく発揮されていたと言えます。
90年代〜2000年代のスタジオ作における隠れた貢献
実は1990年のツアー以降、彼は長らくストーンズの「ツアー(ライブ)メンバー」からは外れていました。そのためライブステージの上で彼の姿を見ることはなくなりましたが、スタジオレコーディングにおいては、バンドの重要なブレインとして密かに関与を続けていました。
- 『Bridges to Babylon』(1997年):ピアノ、オルガンなどの鍵盤楽器でレコーディングに参加。
- 『A Bigger Bang』(2005年):単なる演奏者を超えた極めて深い関わりを見せています。キーボード、オルガン、ピアノの演奏にとどまらず、プログラミングやストリングス・アレンジ(「Streets of Love」など)を担当。さらに楽曲「Driving Too Fast」においては、公式に共同プロデューサー(Co-Producer)としてもクレジットされています。
ライブ活動からは一線を画しつつも、スタジオ内における彼のデジタルプログラミング能力やオーケストレーションの技術は、この「空白のツアー期間」もストーンズのサウンドに必要不可欠な要素であり続けていました。
ミック・ジャガーの右腕としての公私にわたる関係
ストーンズ本体からは離れていたものの、ミック・ジャガー個人との関係は継続し、むしろ緊密になっていきました。ミックのソロアルバム『Goddess in the Doorway』(2001年)では共同作曲やプロデュースを担当し、プライベートな旅行にも同行するなど、公私にわたって行動を共にする機会も増えていきます。現在では音楽面だけでなく、公私ともに最も身近なパートナーの一人と言っても過言ではない存在になっています。
2012年の復帰と「ミュージック・インテグレーター」への就任
2012年の結成50周年ツアーを機に、マットはスタジオだけでなく、22年ぶりにストーンズの「ステージ(ツアー)」へと完全復帰を果たします。復帰後の彼は、再び「You Can’t Always Get What You Want」での格調高いホルン・ソロを響かせてスタジアムを沸かせるとともに、バックステージから演奏全体を統括する「ミュージック・インテグレーター」という重要なポストを任されるようになりました。
『Blue & Lonesome』から『Hackney Diamonds』への流れ
その後、スタジオ・レコーディング作品への関与も段階的に深まっていきます。
- 『Blue & Lonesome』(2016年):全曲でウーリッツァーやハモンド・オルガンを演奏し、チャック・リーヴェルとのツイン・キーボード体制でサウンドを厚く支えました。
- 『Hackney Diamonds』(2023年):多数の楽曲での鍵盤演奏に加え、ミックの歌声を録る「ヴォーカル・エンジニア」としてもクレジット。さらにミックは、初期段階でジャマイカへ赴き、マットと二人三脚で新曲のアイデアを練り始めたことを明かしていました。
結び
1989年の『Steel Wheels』から37年。アレンジャーとしての参加やライブでのホルン演奏、ツアー離脱中も続いたスタジオでの細やかなサポート、ミックの私生活のケア、そして復帰後のツアー音楽監督や前作での初期セッション。一歩ずつバンド内、とりわけミックとの信頼関係を積み重ねてきた結果が、今回の『Foreign Tongues』における「Never Wanna Lose You」と「Covered In You」での初の共同ソングライティング・クレジットへと繋がったと言えます。ファンにとっては、非常に興味深い歴史の到達点です。
補足:囁かれる「ボディーガード説」の真相について
余談ですが、ファンの間では時折「マットは極真空手の黒帯を持っており、ミックのボディーガードも兼ねている」という噂が囁かれることがあります。
結論から言えば、これは明確な根拠のない完全な都市伝説(またはファン同士のジョーク)です。彼はUEFAチャンピオンズリーグのアンセムの編曲に携わるなど、クラシックを基礎に持つ生粋のプロ音楽家であり、武道の有段者という公式記録は一切見つかりませんでした。他の海外セレブの著名な護衛(空手黒帯のイギリス人)との名前の混同が発端とみられます。
ただ、公私ともに常にミックの最も近くに寄り添い、ステージ全体を背後から完璧に統制するその強烈な存在感が、結果として「最強の護衛」のように見えてしまうことから生まれた、彼へのリスペクトが込もったファンならではの噂と言えそうです。

