ロバート・スミス、深夜3時のゲリラセッション─『Foreign Tongues』参加秘話

Robert Smith

ローリング・ストーンズの公式ポッドキャスト最終回(エピソード6)にて、『Foreign Tongues』に異色の彩りを加えたザ・キュアーのロバート・スミスの参加秘話が明かされました。クレジットは2曲のみの参加でしたが、ポッドキャストでは「幻の3曲目」の存在まで明かされました。番組内で本人が語った事実と、そこから透けて見える背景を整理しながら、この夜の生々しいドラマを追ってみたいと思います。

予期せぬレジェンド同士の交錯

筆者はストーンズ以外ではポスト・パンク系の音楽が大好きで、当然キュアーの音楽も昔からよく聴いていました。これまでロバート・スミスとローリング・ストーンズの間には目立った接点がないと思い込んでいただけに、この両者が新作で共演するという一報を耳にしたときは、激しく興奮しました。ところが、ポッドキャストの最終回を聴いてさらに喜びが深まりました。なんとロバート自身の口から、彼がストーンズを「特別なバンド」として強く意識し続けていたというパーソナルな歴史が明かされたのです。

ロバートは少年時代、1960〜70年代のストーンズを聴いて育ちました。何よりも印象的なのは、ギターを弾き始めた頃、カセットプレーヤーを片手にキース・リチャーズのギターリフを聴き取り、何度もレコードを聴き返しながら、そのスタイルを真似していたということです。完全な独学だったロバートにとって、ストーンズは単なる好きなバンドではありませんでした。「キースのスタイルを真似しながら曲の組み立て方を学び、彼らの音楽を追いかけることで、ギターの弾き方だけでなく歌い方まで身につけていった。」本人がそう語るほど、ストーンズは彼の音楽的な原点に深く刻まれていたのです。

そんなロバートが初めてストーンズを生で観たのは、1976年のロンドン、アールズ・コート公演でした。当時17歳になったばかり。本人は「とても思い出深いショーだった」と振り返っています。しかも、アールズ・コートは最初で最後のストーンズ体験ではありませんでした。ロバートによれば、その後も何度か彼らのライブを観に行っており、最後に観たのは2012年、ロンドンのO2アリーナで行われた50周年記念公演だったといいます。つまり、17歳の少年だったロバートが初めてストーンズを観た1976年から、最後に客席から彼らを観た2012年まで、実に36年。そんな長い時間を経た13年後、今度は客席ではなく、ストーンズのレコードを作る側として同じスタジオに立つことになるのです。本人にとって、それが「completely surreal(完全に現実とは思えないような感覚)」だったというのも、無理のない話でしょう。

絶望の後悔から始まったスタジオ訪問

そんな筋金入りのファンであるロバートの元に、ある日、プロデューサーのアンドリュー・ワットから「日曜日の正午に、ミックとキース、そしてアンドリューを交えた4人でランチを食べよう」という、夢のような誘いが届きます。

しかし、「7歳の頃から昼食なんて食べていない」と冗談交じりに語るほどの夜型生活であるロバートは「真昼間にミック・ジャガーとキース・リチャーズと一緒にテーブルを囲んでランチを食べるなんて、あまりにも現実味がなくて無理」と、この誘いを辞退してしまいます。

ポッドキャストの中でロバートは、断った直後にキースがレコーディングを終え、一足先にアメリカ・コネチカットの自宅へ帰ってしまったことを知り、「人生最大のチャンスを逃したかもしれない」と自分の頭を抱えて激しく後悔した事実を明かしています。ミックとキースとプライベートでじっくり話せる機会を不意にしてしまったという強烈な焦燥感と後悔こそが、のちのゲリラレコーディングを突き動かす一因になったのではないかと思われます。

アンドリューの手配により、後日「金曜の夜」にロンドンのメトロポリス・スタジオを訪れるチャンスを再び得たロバートですが、この日、キースはすでに不在。ロバートはレコーディングに参加する予定は一切なかったため、楽器ひとつ持たず、本当に手ぶらでスタジオへ向かいます。本人の目的は、あくまでミックの歌入れの見学と、アンドリューと冷たいビールを飲むことだけでした。

Metropolis Studios.
居心地が良さそうなメトロポリス・スタジオ内のバー

バーでの待機と、緊迫のレコーディング現場

スタジオに到着したロバートは、ミックがまさに激しい歌入れの真っ最中であることを知らされます。周囲への配慮を忘れない彼は、作業が終わるまでスタジオ内にあるバーのスペースで静かに待つことにしました。その後、「バーにロバートがいるなら中に入れてよ!」というミックの歓迎によって、コントロールルームへと招かれたロバートは、ガラス越しに本物のミック・ジャガーが熱唱する姿を目の当たりにし、完全に圧倒されました。そしてブースから出てきたミックと合流し、今度は2人で酒を飲みながら話すことになります。

会話が進む中で、ミックから「せっかくスタジオにいるんだから、何かギターリフでも弾いていきなよ」と不意に誘われますが、楽器を持って行かなかったロバートは、心の準備ができていなかったこともあり、その場では頑なに断ったと振り返っています。本人が語る通り「ただお酒を飲みに来ただけだった」というのも事実でしょうが、ミックの放つ凄まじいオーラにさすがのロバートも気後れしたということも考えられます。

やがて夜中の3時頃、ミックは帰宅します。普通ならここでお開きですが、アンドリューは、マルチトラックのシステムを立ち上げたまま、エンジニアやアシスタントたちを帰さずに待機させていました。偶然そうなった可能性ももちろんあります。しかし、夜型のロバートを知るアンドリューが、あえてレコーディング環境を維持していたようにも見えてしまいます。

深夜3時の覚醒、そしてまさかのアンコール

プレッシャーから解放され、ようやく夜型の自分らしい時間を迎えたロバート。そして、ついにその夜を決定づける一言が飛び出しました。

「よしアンディ、ギターを繋いでくれ。どうなるか試してみよう(Alright Andrew, plug me into your guitar, let’s see what happens.)」

手ぶらでやって来たロバートが、アンドリューのギターを借りてアンプにつないだ瞬間、そこから予想外のゲリラセッションが始まります。ロバートは様々な曲に合わせて、分厚いインディー風のギターリフを弾き、ディスコ的なシンセのアイデアを出し、さらには不足していると感じたホーン・パートまで口ずさんで重ねていきました。本人の振り返りによれば、「どうせ彼らがこんな音を残すわけがない。全部ボツになるだろう」と半ば開き直り、霧の中へ消えていくような感覚で、気づけば朝までやり過ぎてしまったのだとか。

そして、この夜に試したものの中には、実際に最終的なアルバムには採用されなかったアイデアもありました。ロバート自身が「ストーンズらしくないからボツになるだろう」と考えていた、いわば「幻の3曲目」です。ただし、ここで話が終わらなかったのが今回のセッションの面白いところでした。

なんと翌週、グラストンベリーでオリヴィア・ロドリゴとのシークレット・ギグを終えたばかりのロバートのもとに、アンドリューから電話が入ります。「ミックが、もう一度メトロポリスに来てほしいって。今度はちゃんと歌ってほしいんだ」ロバートは驚きました。「本当に? 金曜日に僕がやったこと、彼は嫌がるだろうと思ってたよ!」ところが、返ってきた答えはまったく逆でした。「いや、彼はすごく気に入ってるよ。ただ、『Never Wanna Lose You』にちゃんとしたリプライ・ボーカルを入れてほしいんだ。だから、また戻ってきてくれ」

つまり、ロバート自身は「どうせ全部ボツになるだろう」と思っていた金曜深夜のセッションを、ミックは気に入っていたのです。少なくとも、その夜の演奏が翌週の再招集につながったことは間違いありません。こうしてロバートは、2週連続でメトロポリス・スタジオへ向かうことになります。2回目の訪問では、アンドリューから求められた「Never Wanna Lose You」の録音に参加し、この夜もミック帰宅後にプロデューサーらと明け方までセッションを続けたそうです。

最終的なクレジットを見ると、ロバートは「Never Wanna Lose You」でバック・ボーカルとシンセ、「Divine Intervention」でエレクトリック・ギターを担当しています。ただし、これらのパートのうち、どれが最初の金曜のセッションで録音され、どれが翌週に追加されたものなのかは、本人の今回の証言だけでは明らかになっていません。

後日、完成したアルバムが送られてきて、自分の名前がクレジットにあるのを見たロバートは、アンドリューにこう伝えたそうです。「これで俺も不滅だね(Immortality at last, you know I’ve made it.)」日曜日の昼にはランチを断った男が、金曜日の深夜3時になってようやく自分らしい時間を迎え、そこから始まった予想外のセッションが、翌週には正式なレコーディングへと発展する。ロバート・スミスの深夜3時の気まぐれが、最終的に『Foreign Tongues』の2曲へと結実したのです。そう考えると、この異色のコラボレーションは、いかにもロバート・スミスらしい、予測不能な成り行きから生まれたものだったのかもしれません。

長い沈黙を破った二つのレジェンド

今回のロバート・スミスのゲスト参加というドラマを振り返ったとき、もう一つの非常に面白い時代の共通点に気付きました。

それは、ザ・ローリング・ストーンズとザ・キュアーという、音楽性も佇まいも全く正反対の2つの巨大なレジェンドが、ほぼ同時期に長い沈黙を破って、再び世界的な存在感を示したという事実です。ストーンズは2023年に18年ぶりのオリジナルアルバム『Hackney Diamonds』で大復活を遂げ、ザ・キュアーもまた16年ぶりの新作『Songs of a Lost World』で世界中のチャートを席巻しました。それぞれが長い沈黙を破り、高い評価を受ける作品で存在感を改めて示したことになります。そしてロバート・スミスは次回作についても制作を進めていることをたびたび語っています。未発表のままとなった”幻の3曲目”も、いつか日の目を見ることを願っています。