ロバート・スミス、深夜3時のゲリラセッション─『Foreign Tongues』参加秘話

Robert Smith

ローリング・ストーンズの公式ポッドキャスト最終回(エピソード6)にて、『Foreign Tongues』の最大のスパイスとなったザ・キュアーのロバート・スミスの参加秘話が明かされました。クレジットは2曲のみの参加でしたが、ポッドキャストでは「幻の3曲目」の存在まで明かされました。番組内で本人が語った事実と、そこから透けて見える背景を整理しながら、この夜の生々しいドラマを追ってみたいと思います。

予期せぬレジェンド同士の交錯

筆者はストーンズ以外ではポスト・パンク系の音楽が大好きで、当然キュアーの音楽も昔からよく聴いていました。これまでロバート・スミスとローリング・ストーンズの間には目立った接点がないと思い込んでいただけに、この両者が新作で共演するという一報を耳にしたときは、激しく興奮しました。ところが、ポッドキャストの最終回を聴いてさらに喜びが深まりました。なんとロバート自身の口から、彼がストーンズを「特別なバンド」として強く意識し続けていたというパーソナルな歴史が明かされたのです。

ロバートは少年時代、1960〜70年代のストーンズを聴いて育ちました。何よりも「キース・リチャーズのギターリフを手本に、独学でギターや歌を身につけた」という原点を持っています。彼が初めて生で体験したストーンズのステージは、ちょうど17歳になったばかりの1976年、ロンドンのアールズ・コート公演。ミック・テイラーが去り、ロニー・ウッドが加わって新たなバンドのダイナミズムを模索していた『ブラック・アンド・ブルー』期のステージは、当時のロバートにとって「今でも信じられないほど鮮明に脳裏に焼き付いている」と振り返っています。(ちなみにロバート・スミスの誕生日は1959年4月21日。ストーンズのアールズ・コート公演は1976年の5月21日、22日、23日、27日、28日、29日に行われました。)

絶望の後悔から始まったスタジオ訪問

そんな筋金入りのファンであるロバートの元に、ある日、プロデューサーのアンドリュー・ワットから「日曜日の正午に、ミックとキース、そしてアンドリューを交えた4人でランチを食べよう」という、夢のような誘いが届きます。

しかし、「7歳の頃から昼食なんて食べていない」と冗談交じりに語るほどの夜型生活であるロバートは「真昼間にミック・ジャガーとキース・リチャーズと一緒にテーブルを囲んでランチを食べるなんて、あまりにも現実味がなくて無理」と、この誘いを辞退してしまいます。

ポッドキャストの中でロバートは、断った直後にキースがレコーディングを終え、一足先にアメリカ・コネチカットの自宅へ帰ってしまったことを知り、「人生最大のチャンスを逃したかもしれない」と自分の頭を抱えて激しく後悔した事実を明かしています。ミックとキースとプライベートでじっくり話せる機会を不意にしてしまったという強烈な焦燥感と後悔こそが、のちのゲリラレコーディングを突き動かす一因になったのではないかと思われます。

アンドリューの手配により、後日「金曜の夜」にロンドンのメトロポリス・スタジオを訪れるチャンスを再び得たロバートですが、この日、キースはすでに不在。ロバートはレコーディングに参加する予定は一切なかったため、楽器ひとつ持たず、本当に手ぶらでスタジオへ向かいます。本人の目的は、あくまでミックの歌入れの見学と、アンドリューと冷たいビールを飲むことだけでした。

Metropolis Studios.
居心地が良さそうなメトロポリス・スタジオ内のバー

バーでの待機と、緊迫のレコーディング現場

スタジオに到着したロバートは、ミックがまさに激しい歌入れの真っ最中であることを知らされます。周囲への配慮を忘れない彼は、作業が終わるまでスタジオ内にあるバーのスペースで静かに待つことにしました。その後、「バーにロバートがいるなら中に入れてよ!」というミックの歓迎によって、コントロールルームへと招かれたロバートは、ガラス越しに本物のミック・ジャガーが熱唱する姿を目の当たりにし、完全に圧倒されました。そしてブースから出てきたミックと合流し、今度は2人で本格的に酒を交わすことになります。

会話が進む中で、ミックから「せっかくスタジオにいるんだから、何かギターリフでも弾いていきなよ」と不意に誘われますが、楽器を持って行かなかったロバートは、心の準備ができていなかったこともあり、その場では頑なに断ったと振り返っています。本人が語る通り「ただお酒を飲みに来ただけだった」というのも事実でしょうが、ミックの放つ凄まじいオーラにさすがのロバートも気後れしたということも考えられます。

やがて夜中の3時頃、ミックは帰宅します。普通ならここでお開きですが、アンドリューは、マルチトラックのシステムを立ち上げたまま、エンジニアやアシスタントたちを帰さずに待機させていました。偶然そうなった可能性ももちろんあります。しかし、夜型のロバートを知るアンドリューが、あえてレコーディング環境を維持していたようにも見えてしまいます。

深夜3時の覚醒

プレッシャーから解放され、ようやく夜型の自分らしい時間を迎えたロバート。そして、ついにその夜を決定づける一言が飛び出しました。

「よしアンディ、ギターを繋いでくれ。どうなるか試してみよう(Alright Andrew, plug me into your guitar, let’s see what happens.)」

手ぶらだったロバートが、アンドリューのギターを借りてアンプにつないだ瞬間、そこから予想外のセッションが始まります。ロバートは3曲にわたり、分厚いシンセやリバース・ギター、さらにはリプライ・ボーカルといったあらゆるレイヤーをこれでもかと重ねていきました。ロバート自身、「どうせ彼らがこんな音を残すわけがない、全部ボツになるだろう」と開き直り、やり過ぎてしまったと振り返っていますが、それは魔法のような時間だったそうです。アンドリューは後に、そのうちの1曲があまりにもロバート独自の世界観が出すぎてしまい、ストーンズの曲というより完全にキュアーのレコードのようになってしまったと認めています。この曲は採用は見送られ、現時点では未発表のままです。最終的に2曲(「Never Wanna Lose You」と「Divine Intervention」)だけが今作に生き残り、送られてきたアルバムに自分の名前があるのを見たロバートはアンドリューに、「これで俺も不滅だね」と冗談めかして喜びを伝えたとのことです。

日曜日の昼にはランチを断った男が、金曜日の深夜3時になってようやく自分らしい時間を迎え、その結果として『Foreign Tongues』に刻まれる演奏を残したというのは、何とも痛快な物語です。

起死回生の大成功がシンクロする

今回のロバート・スミスのゲスト参加というドラマを振り返ったとき、もう一つの非常に面白い時代の共通点に気付きました。

それは、ザ・ローリング・ストーンズとザ・キュアーという、音楽性も佇まいも全く正反対の2つの巨大なレジェンドが、ほぼ同時期に「起死回生の大成功」を収めて世界中で大きな話題となった事実です。ストーンズは2023年に18年ぶりのオリジナルアルバム『Hackney Diamonds』で大復活を遂げ、ザ・キュアーもまた16年ぶりの新作『Songs of a Lost World』で世界中のチャートを席巻しました。それぞれが長い沈黙を破り、高い評価を受ける作品で存在感を改めて示したことになります。そしてロバート・スミスは次回作についても制作を進めていることをたびたび語っています。未発表のままとなった”幻の3曲目”の存在も含め、この夜のセッションは、まさにロック史に残る奇跡的な一夜だったと言えます。いつかその音源が日の目を見ることを願っています。