「アナハイム靴事件」の真相

Anaheim 1978

1978年7月、ローリング・ストーンズのアメリカツアー中に、ロックの歴史に深く刻まれる珍事が起きました。カリフォルニア州のアナハイム・スタジアム(現エンゼル・スタジアム)で行われた大規模な2日間公演。その二日目である7月24日、観客からステージに向かって無数の「靴」が降り注いだのです。これが日本では「アナハイム靴事件」とも呼ばれる出来事です。

暴動などではなく、夏の野外スタジアムならではの「最高にハッピーな悪ノリ」から生まれた出来事でした。ここでは、1980年代に放送されたミックとロニーのラジオ・インタビューをもとに、その伝説の真相を時系列で振り返ります。

1. 始まりは炎天下のスタジアムの圧倒的な熱気

1978年のツアーは、ストーンズが原点回帰を果たした傑作アルバム『Some Girls』を引っ提げて行われました。この日、ピーター・トッシュやエタ・ジェイムズといった豪華な前座の後に登場したストーンズは、チャック・ベリーのカバーでライブを軽快にスタート。カリフォルニアのまぶしい太陽の下、スタジアムを埋め尽くしたファンたちのボルテージは、ストーンズの圧倒的なパフォーマンスによって最高潮に達していました。

また、この日はストーンズの黄金期を支えた伝説のサポートメンバー、ボビー・キーズ(サックス)とニッキー・ホプキンス(ピアノ)がステージに特別参加しており、演奏の熱量をさらに引き上げていました。

2. 【事件の発端】「Beast of Burden」の歌詞への反応

事件の最初のきっかけは、新曲「Beast of Burden」の演奏中に訪れました。ミックが曲中で、以下のフレーズをソウルフルに歌い上げた瞬間です。

“With no shoes on my feet”(俺の足には、靴さえも残っちゃいない)

この歌詞を目の前で聴いた最前列の熱狂的なファンたちが、言葉遊びのジョークとして「じゃあ、俺たちの靴をやるよ!」と言わんばかりに、自分のジーザス・サンダルなどをステージに放り投げ始めたのです。当初、ミックは飛んでくる靴を「まるでゲームのように」楽しそうにかわしていました。

3. 「もう十分だ(84足ある)」

「Beast of Burden」が終わった後も、前方ブロックからのハッピーな悪ノリは止まらず、数曲にわたってパラパラとステージに靴が投げ込まれる状態が続きます。

そして10曲目の「Shattered」が演奏し終わった時点で、ステージに散乱する大量の靴を見たミックは、マイクを通して「今、ステージには84足の靴がある。もう十分だろう」と冗談混じりに観客をなだめました。

4. 「全員の靴をよこせ!」と特大の煽り

12曲目の「Far Away Eyes」が終わり、13曲目の「Love In Vain」へと移るインターバル中、チマチマと靴を投げ続ける観客に対し、ミックはステージ上でオフマイク気味に、ボソボソと何かを呟いています。

ラジオ・インタビューでミックは、この時のことをこう振り返っています。「みんなには聞こえないだろうと思って、冗談半分でこう言ったんだ。『おい、そんなに投げたいなら、お前ら全員のその忌々しい靴をいっぺんに投げつけて、さっさと終わらせたらどうだ? あちこちからダラダラと1足ずつ投げられるくらいならさ』ってね」

その悪ノリの愚痴はしっかりと客席へと伝わっていました。さらに一向に靴投げをやめない観客に対し、ついにミックは開き直ります。「Love In Vain」のイントロが鳴り響くと同時、今度はオンマイクで「全員の靴をよこせ!」とやけくそ気味に叫んだのです。この生々しい叫びが巨大スピーカーを通じてスタジアムに響き渡り、観客たちの悪ノリに完全な火がつきました。

5. ついに発生した「靴の大量投げ込み」

ラジオ・インタビューでミックは、この時に「観客が靴を脱ぐための1分間の静寂が訪れた」と非常にドラマチックに語っています。しかし、実際に『Return To Liver』(当日のブートレグ)を聴くと、そんな1分間の静寂は存在しません。ミックが短いシャウトを叩き込んだ瞬間、イントロの演奏と共にスタジアム全体から大歓声が爆発し、即座に文字通りの「靴の豪雨」がステージへ降り注いだのが真実です。

四方八方から飛んでくる無数の靴に、ロニーをはじめとするメンバーも直撃を受け、演奏に支障が出るほど。まさにミックが「余計なことを言った」自業自得のカオスな瞬間でした。

【当日の完全セットリスト(1978年7月24日 アナハイム公演)】

  1. Let It Rock (チャック・ベリーのカバー)
  2. All Down the Line
  3. Honky Tonk Women
  4. Star Star
  5. When the Whip Comes Down
  6. Beast of Burden (★この曲の歌詞に反応し、客が靴を投げ始める)
  7. Lies
  8. Miss You
  9. Just My Imagination (Running Away with Me) (テンプテーションズのカバー)
  10. Shattered (★演奏後、ミックが「もう十分だろう」となだめる)
  11. Respectable
  12. Far Away Eyes (★演奏後、ミックが「全員の靴をいっぺんに投げつけろ!」と煽る)
  13. Love In Vain (★ロバート・ジョンソンのカバー。ここで靴の大量投げ込みが発生)
  14. Tumbling Dice
  15. Happy
  16. Sweet Little Sixteen (チャック・ベリーのカバー)
  17. Brown Sugar
  18. Jumpin’ Jack Flash

まとめ:ユーモアに満ちたクレイジーな伝説

インタビューで、ミックとロニーはこの事件を「笑いが止まらなかった、最高にクレイジーなハプニング」と振り返っています。そしてミックは、ひとつの疑問を抱いています。

「あいつら、靴を全部ステージに投げちまって、一体どうやって家に帰ったんだ? 裸足で帰ったのか? 本当にクレイジーだよ」

ミックが「みんな裸足で帰ったのか?」と冗談を飛ばしたように、その光景を想像するだけでも笑ってしまいます。その滑稽な後日談まで含めて、「アナハイム靴事件」はローリング・ストーンズの黄金期を象徴する、最高にロックでユーモアに満ちた伝説として語り継がれています。

このタイムラインを調べるにあたって、木村優さんに多大な協力をいただきました。ありがとうございます。木村さんは原 勝志さん 編・著の『ローリング・ストーンズ海賊版事典』のスタジオ・アウトテイクとイラストを担当された古くからの友人です。

その木村さんに教えてもらったビデオもリンクを貼っておきます。

ファン撮影の動画。僅か30秒足らずですが、ミックが飛んでくる靴から身をかわす姿が確認できます。靴投げは1:02:46、Beastは24:58から。